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背番号1

ヤクルト・青木、背番号「1」を初披露

 ヤクルトの青木宣親外野手(28)は18日、東京都内で契約更改交渉を行い、2000万円増の年俸2億8000万円プラス出来高払いでサインした。その後の会見で、今季から背番号を04年の入団以来付けてきた「23」から「1」に変更することを発表し、ユニホーム姿を初披露した。

 昨季は序盤に低迷も、その後盛り返し、5年連続の打率3割(3割3厘)をマーク。オフに両足首の手術も経験したリーグ屈指のヒットメーカーは「シーズン200安打をまた狙う」と抱負を語った。

 背番号発表の場には元ヤクルト監督で、現役当時にヤクルトで背番号「1」を付けていた若松勉氏も登場し、“背番号1”の復活を祝った。

 青木は「1は青木、と言ってもらえるように頑張る」と決意も新た。岩村(現パイレーツ)の米大リーグ移籍後、4年ぶりに、“ミスタースワローズ”の象徴といえる番号が復活した。

 ヤクルトの背番号1は、岩村(現パイレーツ)の米大リーグ移籍後の2007年から3年間、空き番号だった。実は、青木にはすぐに変更の打診があったそうだが「空いたから着ける、というのは嫌だった」と何度も断ってきた。

 きっかけは若松氏の殿堂入りを祝う会に出席し、周囲に愛される姿を見たこと。「若松さんみたいになりたいと思った」と青木。若松氏は「空き番で寂しかった。次は青木だと思っていたが、今まで着ていたみたいにぴったりだ」と自分のことのように喜んでいた。
(サンケイスポーツ速報記事)



北海道の写真の方は随時アップしていきますが、一応、スワローズ中心のブログですので、これに触れないわけにいきません。

いよいよ、青木宣親

背番号1

が披露されることになりました。ミスタースワローズの象徴、背番号1を継承できるのは、青木しかいませんでしたからね。個人的には、球界の23番といえば青木、というイメージも定着(国際大会の背番号が23なので)しつつあったと思っていたのですけど、背番号を1にして、さらなる飛躍を遂げてもらいましょう。

青木のコメントを見て、スワローズの背番号1はいただくものではなく、勝ち取るものだと改めて思いました。

さて日曜日、つば九郎が東京タワーに来てましたね。もちろん、この事は知っていたのですけど、北海道に行く事が事前に決まっていた(昨年の11月)ので、行く事ができませんでした。つば九郎ブログだけではなく、ノッポンブログでもノッポンの視点で、書かれてます。

第一弾としては、港区の東京タワー、良いでしょう。麻布十番やお台場あたりでも良かったと思いますけどね。ただ汐留や赤坂は、大人の事情から訪問は難しい(六本木はギリギリセーフか)でしょうし、白金辺りを訪問しても、雰囲気に合わないでしょうからね。

ただ、第二弾以降は、観光名所だけではなく、地元商店街等の、より地元の生活に密着した場所で、「東京ヤクルトスワローズ」をアピールする事が必要です。そのためには、自ら仕掛ける事がより大事だと思うのですけど、募集と云う待ちの姿勢では…、ファン獲得など覚束ないと思いますね。
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横浜在住のスワファンです。
2010年代はスワローズの年に。

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