スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

2月28日付東京新聞

 変色し、ぎざぎざの部分もほとんどすり減った一枚の洗濯板。美也さん(52)と野球をつなぐものだ。町なんか始まった野球は、次男、三男に受け継がれ、毎日大量のユニホームの泥や汗を落とした。野球の助言はできないが、「がんばれ、がんばれ」と心の中で応援しながら、洗濯板を一生懸命にこすった。真っ白になった3人分ユニホームは毎朝、きちんと折り畳まれ、椅子に置かれていた。

 長男史規さん(25)は小学4年でリトルリーグに入った。三つ違いの由規もお下がりのグラブで遊んだが、野球は大嫌い。流行りのヨーヨーやミニ四駆で遊ぶのが好きだった。「監督や父親から厳しく指導される長男を見て、嫌になったようです」と振り返る。父均さん(51)は由規も野球に連れ出そうとしたが逃げ回った。三男貴規(19)はさらに野球が嫌い。「やりたくなかった2人がプロになった」と均さんは笑う。

 お下がりのグラブは右利き。由規は左利きだが、遊ぶうちに、日常生活は左利き、投げるのは右利きに自然となった。小4で嫌々入ったリトルリーグ。美也さんは「とても続かないだろう」と思ったが、口には出さなかった。

 由規も器用ではないが、出来るまでやる子どもだった。リトルリーグ時代、はしごを地面に置いて俊敏性を養う練習がうまくできない。美也さんは自宅廊下にテープを張り練習させた。泣きながらできるまで5時間、ずっとやり続けた。「負けず嫌いだけれど、表には一切出さない子でした」

 均さんは野球の事ではうるさいほど息子たちに口を出す。時々、息子たちは愚痴をこぼしたが、美也さんは「お父さんが一生懸命、おまえたちのことを思っているのは分かっているでしょ」といつも話した。

 高校時代、ダルビッシュ有投手のブルペン捕手を務めた兄は、弟2人の自主練習に付き合うために今も体を鍛え、黒子に徹する。

 洗濯板は遠征先にも持って行った。次々とお下がりになったユニホームが汚れていたことは一度もない。自宅には今、そのすべてがそろう。美也さんの整理した新聞記事などのスクラップ帳も優に100冊を超えた。

 昨年3月11日。自宅は倒壊こそ免れたが、とても住める状況ではなかった。夫婦、祖母(87)、長男の4人は3日間、車中で過ごした。美也さんの叔母やいとこ、由規と高校時代バッテリーを組んだ先輩も津波に流された。美也さんは「数カ月は無我夢中でした」と振り返る。しかし、由規からの電話には「こっちは大丈夫」と繰り返した。会ったのは5月の交流戦の時だ。

 昨年暮れ、由規、貴規はいつも通り帰省。兄を相手に自主練習に汗を流し、美也さんの手料理に舌鼓を打った。「心配すればきりはないけれど、由規はマイペースな性格。私に似たのかもしれません」。明けて1月5日、家族は地元の神社に詣でた。父親は絵馬に「家族の絆」としたためた。



ここまでオープン戦2試合を投げている由規。まずまずの内容ですかね。キャンプ初日にアクシデントで遅れたものの、開幕に向けて修正と調整を進めながら、万全の状態で迎えて欲しいです。
スポンサーサイト

テーマ : 東京ヤクルトスワローズ
ジャンル : スポーツ

■ Comment

非公開コメント

プロフィール

ジャン

Author:ジャン
横浜在住のスワファンです。
2010年代はスワローズの年に。

カレンダー
08 | 2017/09 | 10
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
月別アーカイブ
カテゴリー
フリーエリア


無料カウンター
無料カウンター

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。